shaula

愛すべき赤の他人

アムネシア

玄関のチャイムは鳴らない。
テレビはこの家にない。
話し相手もいない。
音楽もかけない。
ただ、ぼうっとしているだけだ。
何も考えないでいるのと、集中してぐるぐる思考をめぐらせているのと、そのどちらでもあるような、中間にいるような。
昨日の記憶もあやふやで、今が朝なのか昼なのかもよくわかっていない。窓のほうを見ようとして顔をあげると、あぁ今自分の家にいるんだなと思い出した。電気はつけていないから部屋が薄暗くて、それでもあたりがぼんやり見えるのはまだ日が出ているからか。確か今日は、ーーいや、曜日も日付もどうだっていい。なぜって今は春休み真っ只中なのだ。ぼうっとするのも春眠なんとかかんとか、というやつだろう。春眠の続きは何だったっけか?そもそもあれは春眠なんて名前だったか?いいや、そんなことはどうだっていい、またあのぼうっとする空間に入っちまう。この話はやめにしよう。
やることもないからこうやって手持ち無沙汰にギターを弾い......俺はギターを抱えていることに気づいた。今の今まで忘れていた。こんなかさばるものの存在を忘れていたなんて、なんだか変な感じだ。苦笑いして適当なコードを鳴らす。あぁなんだっけ、覚えがあるぞ、このまえコピーバンドでやった曲がある。ちょっと思い出せないけれどこんな響きの曲だった。はずだ。思い出せないけれど。

 ギターを置いて伸びをする。ついでに大きなため息をついて、何か食べようと立ち上がる。一人暮らしにはもう慣れて、親のいる家で暮らしていた頃の記憶はもう曖昧だ。そう、親といえば、父親から荷物が届いていた気がする。

荷物は洗面所に置いてあった。配達票にはでかでかとお届け指定の日付が書かれている。見覚えのあるような、ないような数字だ......たぶん、誕生日だろう。きっと。いや本当にそうか?おそらく合っている。忘れるわけがないじゃないか。だって俺は、

 

ふと受取人の欄を確認する。

名前が書いてある。

こんなやつ、知り合いにいたっけ。

 

おそろしくなって鏡を見る。

なぁ、お前は誰だ?

 

 

ni℃【@2naword】〈アムネシア〉